シリーズ 乳牛の分娩前後の低カルシウム血症(乳熱)を考える「第五回 前産時から分娩に向けて骨へのCa蓄積」
ようやく本論に入っていきます。第一回目で書きました低Ca血症の要因です。
今回は
1(1)骨のCa蓄積不足→高泌乳時の不足を泌乳後期~乾乳期に蓄積回復不足、について説明していきます。
(1)骨のCa蓄積不足
周産期疾病の発症要因の一つとして、泌乳開始後の「負のエネルギーバランス」はよく知られています[1]。同様に、「負のCaバランス(NCB: Negative Calcium Balance)」とは、Ca吸収量が乳など体外に排出されるCa量よりも少なく、生体でCaが不足している状態のことをいいます(図5-1)。泌乳初期はほとんどの乳牛がNCBです [1]。気をつけたいのが、泌乳初期に限らず飼料設計以上の乳量が出た場合もCa排出量が増えている状態ですから、NCB状態になっています。
先にも書きましたが、通常、乳牛は泌乳開始早々NCBになっています。分娩後数日経過すると、飼料からのCa吸収量が足りない場合、生体を維持するためにある程度骨からCaが放出され、血中Ca濃度が正常域に維持されるようになります。ある程度と書いたのは、経験上、泌乳中期以降の牛でも低Ca血症による起立不能症の治療経験があり、足りないからといって足りない分全てを骨から供給できるわけではないからです。Caは生体内で筋収縮や神経細胞の活動、ホルモン放出、血液凝固、細胞膜維持など、生きていくうえで重要な作用を担っています [2]。そのため骨にバッファーとしてのCaを蓄積しておき、血中Ca濃度が下がってくれば、生体維持活動に影響が出ないよう血中Ca濃度が一定に保たれるように骨からCaが放出されます。このようにCaのインプットとアウトプットのアンバランスがあっても、一応対応できるようになっています。しかし、バッファーに頼っている状態が続けばいずれその状態は破綻します。いかにNCBから早く脱却し、Ca摂取量が、排出量に加え骨への蓄積ができるようなCa給与メニューを組み立て給餌するかが重要になってきます。NCB状態で骨からCaが抜けてしまった状態で次の分娩を迎えることは、牛の生命維持装置を外したようなものです。
[1] NRC2001 P106
[2] 獣医生理学 第二版 高橋迪雄監訳 P475