シリーズ 乳牛の分娩前後の低カルシウム血症(乳熱)を考える 「第一回 低カルシウム血症の発生要因の概要」
乳牛における過去の乳熱発生事例の分析では、「5産目で乾乳期の飼料中Ca含有率が1.0~1.5%のときに発生率が最も高くなる〔1〕」「分娩前飼料にCaを0.5~1.5%添加しても発生率は増加しない〔2〕」「Caを35~45g/日含む飼料は上皮小体を適切に刺激できず、効果的に予防はできない〔3〕」など、さまざまな報告がありますが、現状を見ても分娩前のCa給与量の調節だけでは乳熱を予防することはできないことはお分かりのことと思います。
低Ca血症について、NRC2001年版には「分娩当日の泌乳開始に伴い、上皮小体ホルモン(PTH)の放出が起こり、①尿へのCa排泄を減少させ、②骨のCa再吸収(骨から血液中にCaを放出)を刺激し、③能動的な腸管からのCa輸送(吸収)を増強させるビタミンDの合成を増加させる。低Ca血症を最小限にするには、これら3つの作用全てが順調である必要がある〔4〕。」と書かれています(図1)。この説明ですと、インプット(③消化管からのCa吸収)とアウトプット(①尿、糞、乳への排出)のバランスが崩れれば、②骨に蓄積されたCaがバッファーとして働くはずですが、特に産次数の高い牛は、分娩前後の低Ca血症を発症しやすいことを経験上ご理解いただけると思います。骨へのCa蓄積が十分なされていない、或いは骨から急激にCa放出は始まらないのが現状ではないでしょうか(後日解説します)?
では、一体牛は血中Ca濃度が低下したとき、すぐに補充できるCaをどれほど持っているのでしょうか?血漿の量は生体重の約5%とされ〔5〕、600kgの牛であれば30kgが血漿の量になります。血漿中のCa含有量は約10mg/dlですので、体重600kgの牛の血漿中にはCaは約3gしか含まれていないことになります。また、血漿を含む細胞外液の量で考えてみますと、細胞外液は体重の約20%といわれていますので、体重600kgの牛では約120kg、Caの濃度も10mg/dlとすると細胞外液にはCaが12g含まれていることになります。
しかし、現在の乳牛は乳量が多く、初乳1kgあるいは常乳1kg泌乳するには吸収Ca量が2.1g、1.2gが必要と言われており〔6〕、初乳を10kg泌乳すれば21gのCaが消化管から吸収されなければならないことになります。血漿を含めた細胞外液中には12gのCaしかありません。さらに乳量が増えた泌乳ピーク時に対するCa給与は足りているのでしょうか?特に乳量が伸びる泌乳期前半で使ってしまった骨のCaは、次の分娩・泌乳開始に備えていつから蓄積されるのでしょうか?
私達は、低Ca血症の発生要因を下記のように分けて考えています。
-1.Ca欠乏性の低Ca血症
(1)骨のCa蓄積不足→高泌乳時の不足を泌乳後期~乾乳期に蓄積回復不足
(2)分娩後のCa供給不足→泌乳開始による急激なCa要求量の増加
-2.Ca過剰性の低Ca血症→Ca排泄機構のコントロール
これから数回に分けてこれらの考え方を説明し、少しでも低Ca血症の牛を減らして皆さんの生産性向上につながればと思います。
〔1〕 Oetzel GR.ら J Dairy Sci 74:3900-12 (1991)
〔2〕Goff JP and Horst RL. J Dairy Sci 80:176-86 (1997)
〔3〕 NRC 2001, P188
〔4〕 NRC 2001, P186
〔5〕原書第18版 医科生理学展望 丸善株式会社 P2-3(1998)
〔6〕 NRC 2001, P10
(著 大谷昌之)