シリーズ 乳牛の分娩前後の低カルシウム血症(乳熱)を考える「最終回 低Ca血症になった場合の治療方法」
低Ca血症を予防するには、分娩前の骨へのCaの蓄積、分娩直前のCa過剰給与の回避、そして泌乳開始と共に乳量に見合ったCaの給与が重要です。分娩直後は骨からのCaの流出(Caの再吸収)はありませんのでこの時のCa吸収をいかに効率よくさせるかがポイントです。解決策の一例としてDFAⅢというオリゴ糖を紹介しました。
第二回に、細胞間隙吸収は、腸上皮細胞同士の間隙をCa2+が「濃度勾配」によって濃度の高い方から低い方へ移動する、というお話しをしました。簡単にいうとこの間隙吸収は、消化管内のCa濃度が血中Ca濃度より高くなければ血中Ca濃度を上げることができない。そして前回お話ししたように、腸管内のCa2+濃度が濃ければ濃いほど、吸収量が上がる、ということです。
不幸にして低Ca血症になった場合の治療方法ですが、多くの場合、Caを静脈内に点滴で或いは皮下に注射するでしょう。しかし、乳熱の治療はCaの経口投与がない、1回だけの注射では約30-35%が再発する[1,2,3]、という調査報告があります。せっかく静脈などに直接Caを入れて血中Ca濃度を上げても、消化管内からのCa吸収がなければ、消化管のCa濃度が低ければ、一時的に消化管運動が開始されてもCaの吸収ができないので、すぐにまた低Ca血症状態に戻ってしまいます(図12-1,2)[4,5,6]。静脈注射或いは皮下注射と併用してDFAⅢを混合したCaを経口投与しましょう。但し、咽喉頭の動きも鈍くなっているので誤嚥には要注意です。
乾乳前期から低Ca飼料を給与していると、消化管内全体が低Ca濃度になってしまい、分娩直後から消化管内のCa濃度を上げなければならない状態になったとき、Caの給与量は相当多くなります。よって、乾乳後期はCaの過剰給与は避けなければなりませんが、多くの場合、飼料の素材に含まれているCaのみの給与では不足するので、注意する必要があります。
最後に、低Ca血症は、消化管や子宮の筋肉も含め、全身の筋肉の動きが弱まります。今回のシリーズをヒントに臨床性・潜在性の低Ca血症の牛の発生が1頭でも減れば幸いです。この低Ca血症の予防が、他の周産期疾病の発生を予防することにもつながります。
[1] J P Goff, Vet J Apr;176(1):50-7 (2008)
[2] P J Rajala 1, Y T Gröhn, Acta Vet Scand 39(1)1-13 (1998)
[3]T Thilsing-Hansen et al., Acta Vet Scand 43(1)1-19 (2002)
[4]GR Oetzel et al., Vet Clin Food Anim29,447-55 (2013)
[5]JP Goff, Vet Clin North Am Food Anim15(3)619-39 (1999)
[6]CD Blanc et al, J Dairy Sie 97(11) 6901-6906 (2014)